木のおもちゃを保育園に届けるようになってから、もう数年が経ちます。最初の納品のとき、園長先生から「これ、舐めても大丈夫ですか」と聞かれて、正直なところ一瞬止まってしまいました。「大丈夫です」と答えたのですが、その場で自信を持って説明できたかというと、そうでもなかった。それからずっと、その問いを自分の中で引きずっています。この記事は、その後に調べたこと、現場で見てきたこと、失敗したことを、なるべくそのまま書いたものです。保育の専門家ではないので、制度的な部分は必ず一次情報を確認してほしいのですが、木のおもちゃを作る立場から見えている景色として読んでもらえれば嬉しいです。
まず「玩具の安全基準」がどこにあるかを把握する ¶
日本では、玩具の安全に関する主な基準として「ST基準(玩具安全基準)」があります。一般社団法人日本玩具協会が定めているもので、機械的・物理的安全性、可燃性、化学的安全性の三本柱で構成されています。木のおもちゃが関係するのは主に一つ目と三つ目で、角の丸み・部品の脱落しにくさ、そして塗料や仕上げ剤に含まれる化学物質の量が問われます。STマークは任意取得なので、マークがないからといって即アウトではないのですが、保育園・幼稚園に納品する際は「取得しているか、していないならその理由を説明できるか」が問われる場面が増えてきました。私が最初に準備したのはこの説明資料です。STマークを取得していない場合でも、使用している塗料のSDS(安全データシート)を提示できると、先生方の不安がかなり和らぐと感じています。
塗料と仕上げ剤の話は、もう少し細かく知っておきたい ¶
「無塗装」か「自然塗料」かという話はよく出るのですが、私はもう少し具体的に話すようにしています。たとえばオスモカラーやリボスといったドイツ系の自然塗料は、成分の公開が比較的丁寧で、乾燥後の安全性についての情報も得やすい。一方で「天然成分100%」という表記だけでは、アレルギー物質が含まれないかどうかまではわかりません。蜜蝋ワックスも人気ですが、蜂製品アレルギーを持つ子どもへの配慮が必要なケースがあります。保育園に導入する際は、「何を使っていないか」だけでなく「何を使っているか」を正直に伝えることが大切だと思っています。完全に無塗装の場合は、木の毛羽立ちや吸水による変形リスクも含めて話す必要があります。これは欠点ではなく、メンテナンスの設計の問題として提示できます。
樹種の選択は見た目より「現場での扱いやすさ」で考える ¶
ブナ、ナラ、メープル、ゴムの木、ヒノキ……木のおもちゃに使われる樹種はいくつかあります。私が保育園向けに一番よく使うのはブナで、理由は硬さのバランスと入手の安定性です。柔らかい木は温かみがありますが、傷がつきやすく、ささくれが出やすい。子どもが床に叩きつける場面(これは必ず起きる)を想定すると、ある程度の硬度は必要です。ヒノキは香りが強く、苦手な子や先生もいるので事前に確認します。輸入材のゴムの木は加工しやすく単価を抑えられますが、産地や乾燥方法によって品質のばらつきが大きい印象があります。「国産か輸入材か」という軸より、「その木がどこでどう乾燥されたか」の方が実際の品質に直結している、というのが今の私の理解です(まだ完全には掴みきれていないのですが)。
サイズと形状の確認:誤飲リスクの考え方 ¶
ST基準では、3歳未満を対象とする場合の小部品テストとして「小部品シリンダー」と呼ばれる規格があります。直径31.7mm、深さ57.1mmの円筒に収まる部品は誤飲リスクありと判定される、という考え方です。私は実際にこのサイズの簡易治具を手元に置いていて、試作品を毎回確認しています。ただ、固定部品でもネジや接着が経年劣化で緩む可能性があるので、納品前の検品だけでなく「定期的に締まり具合を確認してください」という案内を書面で渡すようにしました。形状については、角の丸みの基準(エッジの半径が一定以上)も確認が必要です。製造ロットによってサンディングの仕上がりにムラが出ることがあるので、これも地道に一個一個手で触って確かめるしかないというのが正直なところです。
メンテナンス設計を納品の前に伝えておく ¶
木のおもちゃが保育園で長持ちするかどうかは、納品後のケアにかなり左右されます。私が毎回伝えているのは三点です。一つ、水拭きの後は必ず乾燥させること(濡れたまま重ねて保管するとカビや変形の原因になります)。二つ、アルコール消毒は塗装の種類によって影響が出るため、使用している仕上げ剤に合わせて確認すること。三つ、年に一度程度、蜜蝋や食用油で表面を補油すると木の状態が保ちやすいこと。ただ、現場の先生方はとても忙しいので、「年一回の補油」が実際に実行されるかというと、難しいケースも多い。そこで最近は、導入から半年後に私が直接確認しに行く仕組みを作るようにしています。売って終わりでは、木のおもちゃの良さが半分も伝わらないと思っているので。
導入前に現場で確認しておきたいこと ¶
実際に保育室を見せてもらうことができるなら、以下の点を自分の目で確かめると判断がしやすくなります。床の素材(フローリングかコルクかで傷のつき方が違う)、収納スペースの構造(湿気が篭りやすいか)、消毒の方法(次亜塩素酸か、アルコールか、それとも別の方法か)、そして何より「どの年齢の子どもが主に使うか」。0〜2歳クラスと3〜5歳クラスでは、適切なサイズ感も遊び方も全く違います。私が最初に失敗したのは、ここを曖昧にしたまま提案してしまったことで、渡したおもちゃが対象年齢と合っておらず、ほとんど使われなかったという経験があります。現場を見ること、聞くこと、それが一番の設計情報になります。
書類として用意しておくと話が早いもの ¶
保育園・幼稚園との話し合いをスムーズに進めるために、私が手元に持っておくようになった書類をまとめておきます。使用塗料・仕上げ剤のSDS(安全データシート)、樹種と産地の説明メモ、ST基準との対応状況の説明資料(取得済みの場合は証明書)、誤飲リスクに関する部品サイズの確認記録、メンテナンス手順書(A4一枚にまとめたもの)。これらを一冊のファイルにして渡すようにしてから、先生方からの信頼感が変わったと感じています。書類自体が信頼を生むわけではないのですが、「この人はちゃんと考えている」という印象を作るには、言葉だけより記録の方が強い。それは自分自身への戒めでもあります。
正直に言うと、私はまだ「完璧な保育園向けおもちゃ」を作れているとは思っていません。毎回納品するたびに何か一つ気になることが出てきて、次に活かしている、その繰り返しです。でもそれは悪いことではないと思っていて、木という素材も、保育の現場も、どちらも生きているから。この記事が、木のおもちゃを導入しようとしている園の方や、私と同じように作り手として悩んでいる人の、何かのきっかけになれば嬉しいです。